生まれきてくれて、ありがとう 〜 転座保因者の妊娠・出産・育児の記録 〜

均衡型相互転座発覚から、流産・妊娠・出産・育児の日記

妊娠→中絶→転座発覚

色々話し合って、いっぱい泣いて、二人で決めた。


今回は諦めよう。


産んだ時のその後、産まなかった時の今後、色々想像して出した答えです。


2015年の11月末、処置のため5日間入院。
子宮口を開く為毎朝ラミナリアを挿入されました。
入れる度に痛かったのは覚えてます。

処置当日の朝、陣痛を起こす為の薬を膣の中に入れられ、時間が経つにつれ徐々に生理痛がひどくなったみたいな痛みが起こってきました。
昼食が運ばれた頃には、痛さと悲しさで泣いていました。

破水しすぐに処置室へ運ばれ、看護師さんがみている時にするんと何か出てきた感覚があり、赤ちゃんが出てきました。
院長先生が赤ちゃんを見て、すぐに棺にみたてた白い箱に入れられました。

男の子でした。体調は10㎝程。

看護師さんが私の傍に赤ちゃんの入った白い箱を置き「対面はしない方がいいでしょう」と言い箱のまま抱かせて貰いました。

涙が溢れて止まらなかったです。

本当は顔を見て抱っこしたかったけど、看護師さん曰く映像で残すと今後の妊娠が怖くなってしまうと言われました。

次の日退院し、2,3日休んで仕事に復帰しました。

後日、赤ちゃんを火葬し僅かに残った遺骨は共同墓地に入れて貰いました。


何もなくなった。


しばらくは喪失感や悲しみで毎日泣いていました。


職場は、お客さんの多くがファミリー層で妊婦さんや子供を見る度に泣きたくなる気持ちをグッとこらえてました。
時には堪えきれず誰もいない場所で泣く事もありました。


ある日旦那が、自分の遺伝子を調べたいと言い出しました。自分の体を調べたいと言うことは中絶する前から言っていたのですが、やはり気になるらしく検査が出来そうな病院をネットで色々と調べてみました。
旦那は持病を持っている為、自分の遺伝子か何かが悪いんだと思ったらしく、次の妊娠の為に調べられる事は調べたいと言いました。


何を調べたらいいのかわからなかったので、とりあえずネットで『遺伝子、検査』と検索してみました。
以前診てもらった大学病院のHPに『遺伝子外来』という科があったので、電話で問い合わせてみました。すると、検査をしたいという気持ちに至った理由を聞かれたので、妊娠してから堕胎するまでの経緯を話し、予約を入れて貰いました。


検査当日、1時間程カウンセリングをして血液を採取してその日は終わりました。
結果は1ヶ月後また来てくださいとの事でした。


1ヶ月後、検査結果を聞きに再び大学病院を訪れました。
すると先生は、旦那は問題ないが私に異常があったと話し始めました。その一言で世界が真っ暗になったように感じました。涙を堪えながら先生の説明に耳を傾けました。
結果が出るまでの間、今回の検査でわかる事は『転座』だという事を教えて頂いてたので、ネットで転座に関する事は色々調べてきていたので先生の話している事はだいたい理解出来ました。
とにかく普通の人より妊娠はしにくいし流・死産しやすいこと。普段の生活は何不自由しないけど、問題が出てくるのは妊娠したいってなった時だけ。


先生に今後どうすればいいのか尋ねると、別の病院に遺伝子の事にもっと詳しい先生がいると教えて頂きました。その先生のカウンセリングを受けてみてもいいのではないかと。
その日のカウンセリングはこれで終わりました。
何だか私の人生が終わった様な感じでした。